2012/03/27

生まれ育った石川県は小松にて

3年前ほどにぶらっくりにっくを始めたのも小松でした。
あの頃よりはだいぶ成長したんではなかろうか…(笑)

地元でイベントをやるというのは僕にとってもおそらくQusa君にとっても凄く特別なこと。

昔からの友達も、最近は会ってないけど久々にって友達も。
面識ないけど名前聞いたことあるー!って人も。知らない人も。

直接の繋がりなんてなくてもきっと来れば楽しいよ~!

今回僕はグランドピアノ弾いて唄います。
わーい!!
いつもの顔が濃いトリオ編成に加え、今回は鋭い眼つきの実の弟をギターに迎えての4人編成でのライブでっすん!

途中で僕のミニアルバムに入っている『晩秋』という曲の歌詞を書いた男、伊藤モユルをGuest Vocalに迎え何曲かやる予定でやんす。

幼馴染の腐れ縁、Qusa君と実は中学のときの後輩Ikuの2人からなるユニット『木の弧』

DJには中学からの友達で、現在浜松あたりで精力的に活動しているTOMCAT!
普段は鍼師。
針と鍼…二本のハリを操る男です。

そしてまだ連絡してないけど、恐らく出るのが決まったKENTA(笑)
彼もDJです!今日連絡しよっと(笑)

ライブペイントには近頃海外にも活動範囲を広げてるrunaです。
今回は結構大きめの絵を描くらしいです。
注目!!
ポストカードとかの販売もあるので皆さんよろしくですー!

みんなでパーリーしましょ!!
是非お集まりください!
是非お集まりください!
是非…


お願いします(笑)

詳細↓↓

SiB&Qusa Presents
『ぶらっくりにっくVol.5』

時間:Open/17:00 Start/18:00

場所:石川県 小松 THE MAT'S

料金:1500円

【Live】
・木の弧
Vn/Vo.Iku
Gt/Qusa

・SiB Trio with Naozee
Pf.Key.Vo/Ikeda"SiB"Shnichiro
Ba.Cho/かしまたかし(from.Lilliput)
Dr.Cho/イトマン(from.illegal jam)
Gt/Naozee
Guest Vocal/伊藤モユル

【DJ】
TOMCAT
KENTA(仮)

【Live Paint】
runa


2012/03/26

グリーンジャンボ

今回たった一枚に願いを託して買ったのだけれど、見事に外れてしまった…。

まっそんな簡単には当たらんわな。

今回も家を建てる計画を立てたりしてた。

こういうのが出来るだけでも楽しいからいいか(笑)
300円であのワクワクなら決して損はしてないはず~。

いつか当たればいいけど、当たったら当たったで相当グダりそうなのでもしこれから先に宝くじに当たることがあれば一気に使おうと思ってる。

あっもう抽選も終わったのにまだワクワクしとる自分…(笑)

2012/03/24

ご無沙汰になってしまった…

吾郎くんが居なくなってから更新出来てなかったなんて…。
依然と帰って来ませんが、気長に信じて待つことにしています。

隣の家のおばちゃんに『ニャンちゃん居なくなったの?』
って聞かれて『そうなんですよね~発情期だし女の子のケツ追いかけ回してるんですかねぇ~(笑)』
みたいなこと言ったら『そうねぇ~ご主人に似たのかしらねぇ~(笑)』
とか言われる始末…

『(ヘイヘイ!おばちゃんおいらのこと誤解してるぜ!
想像してるよりずっとピュアなんだぜおいらは!)』
なーんて心の中でつぶやきました。

まぁおばちゃんが確実になにか誤解をしていることは確かではあるが…。

とそんなことはさておき、最近ちょっとバタバタしていて…
この間も書いたけど30人31脚に出たときの話は今月中には終わらせようと思っておりますです。
これまた気長にお付き合いくだせぇ。

そして近況!
17日にGorilla Japan@高円寺JIROKICHI!
キーボードで参加してきやした。
楽しかったなぁ、JIROKICHIって行ったことはなくて、話に聞いたりはしてたんやけど、ずっと出れたらいいなぁと思っていたのでこの日参加出来てよかった。
呼んでくれたモミーFUNK!もノリノリでめちゃ楽しかったし、素敵でした。

そして翌日18日SiB Trio@代官山NOMAD!
今月から月間NOMADってゆうのに参加していて一ヶ月に一度新曲をやるという。
この日は月間NOMADやりますよ~!
みたいな日。
お客さんも沢山入っていて、反応もよく、とてもいい一日でした。
新曲もなんとか間に合い良かったなぁ。

最近はそんな感じ。

あっホームページ更新せねば。

次回ライブは
4/21 SiB&Qusa presents 『ぶらっくりにっくVo.5』@石川県 小松 THE MAT'S

3年ぶり?地元イベントです。
ほぼ詳細出てるのでまたあげますねー!
地元の皆様よろしくでやんす!

4/27 Gorilla Japan@恵比寿BATICA
4/30 SiB@代官山NOMAD
この日はトリオになるんやろうか、まだちょっと未定。

さぁこんな感じです。都合合えば足運んでくれたら嬉しいです*

そいではそいでは~!



2012/03/13

吾郎

ちょっと時間がなかなかないので30人31脚に出たときの話はもう少しお待ちを。

今日ゴリラジャパンのリハが終わり、深夜1時頃家に着いた。

チャリ止めて玄関のドア開けた瞬間カミさんが慌てて飛び出してきた。

『吾郎が居ない。』

吾郎とは我が家の家族、猫です。

普段ベランダにたまに放したりもしてて、ベランダ以外は外に出たことがないし、そもそもベランダから出ようともしなかったのにいきなり何処かに行ってしまいました…。
家の周りは住宅地で庭とか車とか柵とかがあり過ぎて探しても全然見つからない。

とりあえず家の前に餌は置いたけど…。
帰ってきてほしい。

家に吾郎が居ないというのが本当に不自然で。
とにかく心配。

ずっと家で一緒に生活していたので首輪も付けてないし。

早く帰ってきますように。
いつも二階で寝てるけど今日は下で寝ようと思う。
窓から見えるように。



2012/02/23

30人31脚に出た時の話 〜其の二〜 五年生編

さてさて五年生になりました。
この当時の担任は怒ると怖いN先生。
基本的に一限目は世間話で潰れていた記憶があるなぁ。

焦って学期末にバババッと授業してしまうといった感じ。

緩くていいよね、僕はこういう感じとっても好きだったのです。

そんなこんなで五年生になってからも30人31脚に出るという話になり、またまた練習に励むことに。

確か練習では12秒とか11秒とか、前の年に比べるとかなり速くなっていた。

でも五年生の時は本番で転んでそれで試合終了だった気がする。

悔しかったけど、また来年がある。
とか思ってたなぁ。

五年生編と言っておきながらこれだけでごめんなさい。
この年の記憶があまりないんです…
申し訳ない。


余談ですがこの30人31脚の話を書いて、小学校の頃の友達からFacebookでコメント貰ったりとかすると何だかホッコリしたり。嬉しかったり。


この間の記事でこの頃みたいな気持ちがあったらと書きましたが、あれは団結力や結束力についてというか。

何人かで何かをやるっていうのもいいものだなぁと思うことが最近あったのであんな風に書きました。

でもきっと今からでも出来るって思ってます。

年齢的には大人だけれど、子供のような気持ちはいつも持っていたいなぁ。

6年生編はかなり濃い+長くなると思うので二つに分けるかも。
小学校の頃の写真とかも載せようかなと思ってます。

また良かったら見てやってください。

読んでくれてありがとう。

2012/02/21

30人31脚に出たときの話 ~其の一~ 四年生編

以前やっていたエッセイ的なブログにも書いた気がするが、とりあえずちゃんと書きたくなったので書いてみる。

僕が通っていた小学校の僕のクラスは30人31脚の大会に3年連続で出ている。
勿論クラスと言っても1クラスしかなかったので同じ小学校の同級生はほぼ全員出ていることになるわけだが…。

初めて出たのは小学校4年生。

当時担任だったY先生はブラジル帰りの真っ黒な男だった。
毎日必ず10kmだか20Kmだか走っていたらしい。
現在どこかの小学校の校長をしてるとか…出世したんやねぇ。
まぁ熱血な感じで爽やかないい先生だった。

そもそも30人31脚に出るには先生の承認がないと絶対無理
夏休みはほとんど毎日練習するわけで、学校が終わっても練習に付き合うわけで。
ありがたいことにこのY先生が承認してくれたからこそ翌年翌々年と出場するのにも先生の障害もなかったように感じる。

練習は記憶も曖昧なのだが、ペアでやり始めて徐々に人数増やしていくみたいな感じだった気がする。
大会に出ているのはほとんど6年生。
まずは完走が目標。

大会の会場は当時地元に新しく出来た小松ドーム。

当日は30人31脚もやっていたのだがその隣でミニ四駆のジャパンカップ(小学生の僕らにとっては憧れだった)をやっていた。
ミニ四ファイターもいる…。

走りにきたのにミニ四駆のクイズ大会に夢中になってあとから女子と先生にこっぴどく怒られたのを覚えている…。

ちなみに僕らの小学校は34人くらいだったのだが、そのうち男子は8人という恐るべき比率で毎日生活していた。

今思えば男子だけで遊ぶってほとんどなかった気がするなぁ。
幼いながらも恋が芽生えたりすると若干面倒なことになったりもするのだが…。
それは今でも同じか。

と話が逸れたが、無事この初めての大会では完走。
タイムは確か13秒17とかそんな感じだったように思う。

今まだ30人31脚の大会をやってるのかは知らないが、数年前に見たときは9秒台なんかがゴロゴロいてビックリしたのを覚えている。
でも僕らの小学校は、何クラスもある中から足の速い子ばかりを集めたチームでもないし、4年生ということを考えればまずまずといったところではなかろうか。

それとルールが昔と今とでは違った。並んで走ってるとどうしても斜めになってしまったりでその中でも0.何秒かの誤差が出たりする。場合によってはたぶん1秒以上もあると思う。

僕らのときは最後の人がゴールしたのがタイムだった。
数年前見たときは最初の人がゴールすればそれがタイムになるようになっていた。

なにはともあれ当初の目標だった完走は出来た。上の大会には行けなかったので4年生での30人31脚の話はおしまい。


不思議なことに一人で走るより30人で走ったほうが速くなったりすることがあった。
10歳くらいの本当に足が遅い子は14、5秒かかったりしていた気がした。
本気じゃなかっただけかもしれないが…。

あの年頃の子供の結束力には恐ろしいものがある。
後にも先にも僕はこの30人31脚の頃の『やろうぜ!』みたいな気持ちを超えたことがない気がする。

近いものは勿論あったのだが。

今、そんな気持ちを思い出したり、今でもそうありたい、あの頃のような気持ちでいろんなことができたら。
と少し思っている自分が心のどこかにいたりして。

だからこそ記憶を辿りながら今になって14年も前のことを書いてみようと思ったというのもあるのだが。

かなり長くなりそうなので5年生、6年生編に続くということで。

読んでくれてありがとう。



ずっと思っていた加湿器の話

東京来てから風邪を引くことが多くなった。
きっと乾燥のせい。


僕の実家は周りが田んぼだったからか、冬には本棚の本の表紙が濡れるくらいに湿気が凄い場所だったため、加湿器という物の存在も東京に来て初めて知った。

地元では除湿器しか使ったことなかった僕は驚いた。
加湿器ってなに?
湿度増やして何の得が…?

みたいな。

地元で部屋が除湿されてる時はなんとも言えぬ爽快感があったので、除湿器って凄い機械ってイメージがあったけど、やはり使うところによりけりでしょうな…。
こっちで除湿器なんて使ったらすぐ喉痛くなりそう…。
というか下手したらカサカサになり干からびてしまう…

同じ日本なのに気候は全然違いますね。
東京は乾いてる。


人生で初めて加湿器を買う日も近いのかもしれない。